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【心理学】剥奪感が強い・ダークトライアドな人は政治的暴力を肯定する傾向があるとする研究報告

2021年9月11日心理学

 あなたは、何かを"奪われている"と感じたことはないだろうか。つまり、誰かの妨害によって本来あるべき自分の姿になれていないとか、自分が本来得るべき恩恵を誰かに奪われているとか、この世は不平等だ等、もちろん些細なことであれば誰でもそういった感情を抱いたことがあるだろう。
 だが、それが病的になってきて、しかもあなたがダークトライアドな人々 (マキャベリスト、ナルシスト、サイコパス) であるときには、あなたは暴力的政治革命家になるかも知れない…。

ダークトライアド

 ダークトライアドとは、ナルシズム、マキャベリズム、サイコパシーの3つのパーソナリティ特性の総称をいう。それぞれは、全く別物というわけではなく、相互に重なりあう要素を持っている。
 まず、ナルシズムとは、自分を特別な存在であると考え、それゆえの虚栄心、優越意識や特権意識を持ち、他者を軽蔑し、搾取することを厭わない等の特徴をもつ性格をいう。
 次に、マキャベズムとは、利己的で、他者に冷淡あるいはコントロールしようとし、目的のために手段を厭わず道徳的な事柄に無関心等の特徴を持つ性格をいう。
 そして、サイコパシーとは、良心が欠如しており、他者への共感を示さず、自己中心的で、平気で嘘をつく 等の特徴を持つ性格をいう。

 これらのダークトライアドの性質を強く持つ人々、及び、何かを奪われているという"剥奪感"を持つ人々は、政治的問題に対して、暴力的解決をはかる考えを肯定する傾向がある、という研究報告がクロアチアから届けられた。

クロアチアの研究

「クロアチアの学生279人を対象とした研究によると、剥奪感が強かったり、ダークトライアドの性格が強い人は、政治家への向き合い方として、脅迫、破壊行為、暴力または銃器を使っても構わないと考える傾向があることがわかった。

 剥奪感の強い人達は、『普通の人々が常に底辺にいて、政治家とその身内が社会の頂点にいる』、『政治家によってよくあるされているため、庶民は政治家よりも立場が弱い』などの意見に同意する人々であり。
 ダークトライアドの性格を持つ人たちは、『自分の思い通りになるように他人をコントロールする傾向がある』、『他者から特別な好意を期待する傾向がある』、『冷淡あるいは無神経な傾向がある』などの自己認識を持っている人々である。

 さらに、研究者らは、クロアチアの一般人461人を対象として2次調査を実施、1度目とは異なる測定法を用いたが、やはり同様の結果を得た。つまり、剥奪感が強い人とダークトライアドの性格が強い人は、『政治家がその倫理に反する行動を行うことに対抗する組織は、時として市民を害する暴力に訴えることがあっても、なお自身はその組織を支持し続ける。』といった考えに賛同する確率が高かった。

 研究者は、『2つの研究により、ダークトライアドのスコアが強い人と、剥奪感の強いひとは、政治目的をもった暴力の使用を支持し、またはそれに自ら関与する意思が強いことがわかりました。そして、ダークトライアドと剥奪感の両方の性質を持つ人が、最も先の政治暴力に対する肯定的意識を持っています。これにより、政治的過激化には、個人の性向と社会に対する認識との両方が関係していることがわかりました。』と、述べた。
 ただし、『この研究は、相関関係についてであり、因果関係まで説明するものではありません。』、さらに『今回の研究は、実際の行動ではなく、過激な意思・意図に対して焦点を当てたもので、行動についてまで予測するには限定的であるべきだ。』と、警告した。」

著者抜粋翻訳・引用元:こちら

引用元:こちら

 革命にしろ暴動にしろ、そのような行動を起こす時、ほとんどの場合、何かしら虐げられている人々、少なくともそのように感じている人々によって行われるのだから、剥奪感については、個人的に非常に納得できる。
 一方で、ダークトライアドの人々については、少し意外にも感じた。というのは、そのような人々は、そもそも政治のような社会全体の問題に対して、その自己中心的性質故にあまり関心を向けないのではないかと考えていたからだ。
 ただ何れにせよ、警告にあるように内面の心情と実際の行動は別である。

以下、この記事についてのレディターの反応

名前: SomeoneSomewhere1984
 こんなことは遥か昔から知られていた。旧約聖書にもこの手の物語で満ちている。
 同じように、古代ギリシャやローマでも知られていた。

アリストテレス
「怒ることは簡単だが、適切な相手に、適切な程度で、適切な時に、適切な目的で、適切な方法で怒ることは簡単ではない。
 劣位にある者は平等を求めて反抗し、平等にある者は優位を求めて反抗する。このような心のあり方が革命を起こす。
 貧困が革命と犯罪を生む。」

 同じようなことを近年の人々も言っている。

ネルソン・マンデラ
「自分の信じるように生きる権利を否定されたとき、その者は無法者になる他ない」

フレデリック・ダグラス
「正義が否定され、貧困が強制され、無知が蔓延し、社会が抑圧し、強奪し、堕落させようとしている組織的な陰謀があると感じ取る人々がいる世界では、人も財産も安全ではない」

 哲学者が言ってきたことが、研究によって証明された。


名前: xXWickedNWeirdXx
>> SomeoneSomewhere1984
付け加えると
ジョン・F・ケネディ
「平和革命を不可能にする者は、暴力革命を不可避にする」


名前: PeteyMax
 これらの性格的特性自体が政治的暴力への欲求になるのか、それとも政治的暴力さえ正当化される不正義が実際にあるときに、そういった性格的特性が生じるのか。


名前: mkultra50000
>> PeteyMax
 1月6日の議事堂の暴動を起こした人達が、それほどまでの不正義に直面していたと考えるのは馬鹿げてる。
 だから、前者じゃないの


名前: j0324ch
>> mkultra50000
 客観的に存在かは問題じゃない、そいつの目から見える世界が途方もない不正義に満ちているなら、そいつにとってはそれが真実だ。
 彼らが信じるメディアとかネットとか政党とかに言われたことが彼らにとっての現実だ。
 それはトランプが当選した時に危険を感じると言っていた人達と同じで、彼らにとっては現実だった。


名前: McCourt
 戦争は”政治的暴力”?


名前: Beans_deZwijger
>> McCourt
カール・フォン・クラウゼヴィッツ
「戦争とは別の手段による政治である」 


名前: 8spd
>> Beans_deZwijger
 その言葉は特定の考え方を端的に表してるかもしれないが、自分には同意できない。
 戦争が、別の手段による政治なら、強盗は、別の手段によるビジネスではないだろうか?それじゃ犯罪者の考え方でしかない。


名前: StupidDogCoffee
>>8spd
 戦争は人間の行いうる最大の犯罪だ。


名前: ZakalwesChair
>> McCourt
 戦争は、国家が他国や非国家的主体に対して行う暴力のことで、今回の”政治的暴力”は、国家から独立した個人 (あるいは個人のグループ) が、政治的な理由で行う暴力を意味するようだ。


名前: tim310rd
>> ZakalwesChair
 さらに、今回の”政治的暴力”は同じくにの仲間同士で行う者で、外国勢力に対するものではないようだ。


名前: -ORIGINAL
>> McCourt
 定義としては政治的暴力はテロリズムだ。


名前: Exelbirth
>> ORIGINAL
 私にはテロは戦争の適切な表現に思える。


名前: katieleehaw
>> Exelbirth
 これは正当性の問題で、国家による暴力は広く正当性が認められ、個人による暴力はそうではないということ。
 国家が暴力の合法性・合法的使用を独占しているから。


名前: mithfin
 こういった人達が民主主義社会においてはフェイルセーフとして必要だよ。
 平和的な抗議じゃ何も変わらずに、ただ権力者達はそれをあざ笑ってるだけなんだから、人々は必要があれば暴力を使ってでも権力を握ることができるべきだ。


名前: Camacaw
>> mithfin
 統計的に平和的抗議活動は暴力的抗議活動よりよほど効果がある。 


名前: FlanneryODostoevsky
 なんか当たり前の話だと思う。
 人々が失望している社会を変えるために、突発的で暴力的な手段をとるようになるには、失望が必要だってことでしょ。


名前: Evening_Woodpecker
>> FlanneryODostoevsky
 昨日ブラジルのギャングのニュースを読んだんだけど、このギャング達は政府の腐敗や不正にうんざりしながら、銀行強盗をして、撃たれないように車のボンネットに人を縛り付けて走ってるそうだ。
 それを読んで思ったのは「ようやくそういう時代がきたか」ってこと
 人類の振り子のような歴史は、誰かが我慢の限界に達したとき、暴力を正当化することから始まる。
 フランス革命で最初に処刑された貴族が誰なのか知らないけど、つい先日まで神のように大衆の前を歩ける存在だったのはたしかだろう。


名前: xxpen15mightierxx
>> Evening_Woodpecker
 でもそれは良いことじゃない。フランス革命だって無実の人々が魔女狩りのように殺された。
 ロベスピエールは怪物だった。


名前: Obsidian743
 この手の0か100かの自己申告の質問調査はいつも問題を抱えている。
 例えば、『政治家がその倫理に反する行動を行うことに対抗する組織は、時として市民を害する暴力に訴えることがあっても、なお自身はその組織を支持し続ける。』の部分とかも
「倫理に反する」、「暴力」、「害する」みたいな言葉の内容が曖昧で完全に主観的になる。
 おそらく、「場合によっては」誰でも「はい」になるだろう。
 上の質問に「はい」って答えるような人達は、この種の文脈と単語が組合わった時に、明確な仮定をする傾向にある。
 こういった問題を回避するためには、より具体的に、少なくとも「場合によっては」の選択肢を加えるべきだろう。0か100かの質問をいくらしても正確なものにはならない。


著者抜粋翻訳・引用元:Reddit