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【生活】論理的誤謬に陥らないための10の心得

2021年11月7日インフォグラフィック,生活

 誰かと議論すれば、お互い結論を先出しするせいで最初は1から10まで意見が異なるようにも感じるが、落ち着いて1つ1つ前提を確認していけば、ほとんどの前提事実の認定や評価については同意でき、見解の異なる部分は非常に些細な部分だけだと気付くこともある。

 論理的誤謬もその些細な部分の1つと言えるかもしれないが、その誤謬に互いに気付けないと意見の相違というのを超えて主張や結論があらぬ方向に向かっていく可能性がある。そこで考えをまとめたり議論をする際には、自分そして相手がこの誤謬に陥っていないか意識を向けることも必要であり、それを手助けしてくれるインフォグラフィックがあったので紹介したい。

これ全く陥らないってほうが無理だよ

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著者翻訳・画像引用元:Reddit

 こんなの日常茶飯事でどう避けるんだよと思ってしまうが、それでも一応気に留めないよりはマシだろうということで、以下に例を付けてこの画像にある10の誤謬について少しだけ説明する。

1.人身攻撃
 これは説明不要だろう。俗に言う人格攻撃のことであるが、この逆もあるということだけ指摘しておきたい。
『あの人良い人だからたぶん本当のこと言ってるんだろうな。』

2.ストローマン
 これはやられると不快度MAXになる誤謬だ。相手のロジックがガチガチだと何かその主張に違和感を感じつつも中々反論は難しかったりする。そこで相手の言っていない主張をさも言ったかのようにしたり、あるいは誇張したりして、相手のロジックにスキがあるようにみせかけるのである。例えば、下のBは、Aの主張の趣旨を誇張してそれを前提に反論している。
『A"困ったときは人に相談しよう"、B"エベレストの頂上で困ったときに誰に相談するんだよ"』

3.早まった一般化
 これは誤謬は誤謬だが、他のと比べればより益をもたらす側面があるかもしれない。つまり推論のしすぎなのだが、推論そのものは色んな場面で必要なものだから、断定的にさえならなければ無理にそれを抑えようとする必要はないかもしれない。
『また政治家の汚職かぁ、まぁ政治家なんて全員汚職してんだろうな。』

4.論点先取
 これもやりがちになってしまうもので、前提について証明あるいは合意があると仮定して論理を構築していくと、ポッカリ穴があいた主張に至ってしまう恐れがある。
『A"しなくて後悔するよりして後悔した方がいいって、だからお前C子に告白しろ、好きなんだろ"、B"え?好きどころか嫌いなんだが…"』

5.前後即因果の誤謬
 先の早まった一般化に似ているかもしれない。験を担ぐというのもこの誤謬と関連性があるだろう。Aが起きた後にBが起きたからって、AがBの原因だとそれだけで断定するのは危険だ。もちろん本当にそれが正しいこともありうるが、たまたまの偶然かもしれない。
『前ここで買って当たったんだよ。たぶんここ当たりが多いんだぜ。』

6.誤った二分法
 議論に熱中すると黒か白かどうしても決着をつけたくなる。しかし、本当に正しいのはグレーかもしれないし赤かもしれないし答えなどないかもしれない。それに、これは誤謬よりも商売テクニックとしての方が多様されているかもしれない。
『A"ペプシコーラかコカコーラどっちが世界一うまいかな"、B"LASコーラでしょうよ"』

7.無知に訴える論証
 これは、ある事実が真と証明されていないから偽だ、あるいは偽と証明されていないから真だ、と誰も正確な答えを知らない無知であることを利用した論理の飛躍である。
『神がいないと証明されていないから神はいるんだ。』

8.立証責任の転換
 法的技術として証明(立証)責任の転換というのもあるが、もちろんこれはそれそのものではない。やってることは同じかもしれないが、一方は法的根拠があってそれをしているのであるが、誤謬としての立証責任の転換には何の根拠もない。
『ペプシよりコカコーラの方が美味しいに決まってるじゃん。違うっていうなら証明してみせろよ。』

9.前後撞着
 これは実際には誤謬というよりもお笑いテクニックとして通常説明されるもので、前と後ろの話に全く論理的な繋がりがなくそこで滑稽さを表現する手法である。
『A"お前東京行くの?じゃあ家の土地くれるよな?"、B"なんでやねん!"』

10.衆人に訴える論証
 みんながそう思ってるからといって正しいとは限らない。みんなして間違っている可能性だってありうる。お互いがその見解に合意しているなら良いが、そうでない場合には他の皆がそうだと言っているという事実それ自体はその命題を証明しない。
『みんなゲームすると馬鹿になるって言ってるよ』

以下、この記事についてのレディターの反応

名前: AwesomePurplePants
誤謬の誤謬も入れなくちゃいけない。
これは、誰かの主張の中に誤謬を見つけると、主張全部が間違ってると勝ち誇りだす連中のことだ。
つまり、誤謬を含んでもなお結論としては正しい場合もありうるということ。


名前: GeneralAce135
>>AwesomePurplePant
うん、これはなんだったらこのリストに真っ先に入れるべき誤謬だ。
たしかに私の説明は下手かもしれない。でもだからって間違っていると断定しないでほしい。


名前: HappyDJ
>>GeneralAce135
でも悲しいけど人生はディベート大会だから。あなたが負けてくれるお陰で私が勝たせてもらえる。


名前: manjar
>>GeneralAce135
たしかに誤謬がイコール全ての主張の誤りではないけど、一方で主張を一から十まで全部論破されない限りは自分の正しさを信じる人も厄介だ。


名前: GedIsSavingEarthsea 2
人生はディベートクラブではない。
一々自分の主義主張に全部論理的正当性を与えないといけないとかなったら頭おかしくなるよ。


名前: Kirk-Joestar
>>GedIsSavingEarthsea
ただ誤謬を避ければ親しい人と無駄に喧嘩しなくてすむ。
別に過度に意識しなくても、感情的にさえならなければ大概のものは避けられる。


名前: road_runner321
最近は6が一番人気あるんじゃないの “自分と同じ意見以外を言うやつはクズだ!”ってのばっかじゃん 両極の間のグラデーションの部分がみんな見えなくなってみたい とはいえ、だから"中間的で折衷的な意見が正しい”みたいなのもまた1つの誤謬だ。 


名前: Kirk-Joestar
>>road_runner321
あぁまさにその誤謬陥りがちだわ、結局真ん中が正しいんだろって思ってしまう。


名前: iliekcats-
これはルール1になるの
“ポテトよりピザの方がうまいよな”
“いやいやピザの方が絶対美味しいから”
“はっ?お前頭おかしいわ舌腐ってんだろ”


名前: QuoteNatural
>>iliekcats
それは人身攻撃ではない。
それは単なる侮辱だ、もはや論理から離れているから誤謬もなにもない。


名前: ffs_5555
>>QuoteNatural
そうそう、さらに言えば理路整然と論理的な主張を行った上で
その最後に”分かったかこのクソ野郎!”と付け加えてもその主張が誤謬のある主張になるわけじゃない


名前: woodguyatl
真のスコットランド人論法“も入れてほしいな。
宗教的な主張をする人は大体この誤謬に陥っている。


名前: Earthboom
>>woodguyatl
いやいやそれは誤解だよ。みんながみんなそういうわけじゃない。
一度私の通っている教会に来ると良い、まがいものじゃない真の牧師さんを紹介させてもらうよ。


著者抜粋翻訳・引用元:Reddit

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